最高裁判所第二小法廷 昭和30年(オ)847号 判決 1960年5月06日
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人富川信寿の上告理由第一点について。
本件は、被上告人が上告人から賃借していた原判示家屋につき支払つた賃料は、地代家賃統制令による統制額を超えるものであつたものとして、右超過額の返還を求めるものであるところ、原審は、昭和二四年一〇月一日から昭和二五年七月三一日までの賃料については、被上告人は約定賃料額の請求を拒否して来たが、昭和二五年七月にいたり上告人から内容証明郵便による支払の催告をうけたので、その統制額を超えるものであることを熟知しながらも、将来の債務不履行による責を問われることあるべきをおそれ、「後日超過部分については、返還請求をなすべき」旨を特に留保して、やむをえず上告人の請求する金額を支払つた事実を確定した上、右期間内における統制額を超える額である一ケ月三〇〇円の割合の金員の合計三、〇〇〇円は、被上告人において上告人に対し不当利得としてその返還を請求する権利がある旨判断したものであつて、原判決挙示の証拠によれば、原審の前記事実認定はこれを肯認することができる。そして該事実関係によれば、本件においては、民法七〇五条はその適用を見ないものと認めるのが相当である。けだし、同条にいう「債務ノ弁済」は、給付が任意になされたものであることを要するところ(大正六年一二月一一日大審院民事判決録二三輯二〇七五頁参照)、被上告人は後日の返還請求を留保し、やなをえず弁済をしたものであつて、右給付は任意になされたものということはできないからである。それゆえに、原審が前記金額の範囲で被上告人の不当利得返還請求を認容したのは正当であるというべく、所論は、原審の認定に副わない事実を前提として原判決を非難するに帰し、採用することはできない。
よつて、民訴三九六条、三八四条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 小谷勝重 裁判官 藤田八郎 裁判官 池田克 裁判官 河村大助 裁判官 奥野健一)